目次
1 はじめに
2 生命保険の活用
3 遺留分の放棄
1 はじめに
中小企業庁の「中小企業白書」によれば、近年、中小企業の経営者の高齢化が進んでいる状況であり、事業の承継についてお悩みの経営者の方々が少なくない印象です。
今回は、事業を承継する家族に事業用の資産を遺すための方法について、ご説明させていただきます。

2 生命保険の活用
まずは、生命保険を活用する方法が考えられます。具体的には、先代の経営者が保険契約者兼被保険者となって、事業承継者である家族(ご長男等)を受取人とする一括払いの終身保険契約を締結する方法です。
先代の経営者が亡くなった場合、事業承継者の家族が受け取った生命保険金は、先代の経営者の遺産には当たりません(最判昭和40年2月2日参照)。
もっとも、受け取った生命保険金が他の共同相続人との関係で著しく不公平と評価される場合には、特別受益に該当するとして遺産分割の対象になり得るため(最判平成16年10月29日参照)、事業承継に必要のない財産については、できるだけ他の共同相続人に相続させるように配慮する必要がありますので、ご留意ください。

3 遺留分の放棄
遺言によって家族に事業用の財産を遺す場合、共同相続人から遺留分侵害額請求がなされる可能性があり、この場合、事業の承継が困難になることがあります。
このような主張に備えるため、遺留分の放棄の制度を利用することが考えられます。相続が開始する前の遺留分の放棄は、家庭裁判所の許可により効力が発生します。
もっとも、遺留分の放棄の制度は、許可の要件が厳格であること(①放棄が本人の自由な意思に基づいていること、②放棄に合理性・妥当性があること、③放棄の代償があること)、あくまでも遺留分放棄の申立てをするのが事業を承継しない他の共同相続人自身であることから、遺留分の放棄が実現することが難しい場合が少なくありません。

4 経営承継円滑化法の特例

一般にオーナーが社長となっている会社においては、自社株式や土地等の事業用の財産を後継者(ご家族等)に移転することが、円滑に事業を承継する上で重要となります。
もっとも、先代の経営者の財産に占める事業用の財産の割合が大きい場合、他の共同相続人から遺留分侵害額請求を受けるリスクが大きくなります。
このようなリスクを避けて事業承継の円滑化を図るために、遺留分に関する特例を定めた法律(中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律)があります。
具体的には、事業承継者と他の推定相続人の全員で、次の①又は②の合意ができることが定められています。
①除外合意:事業承継者が贈与等により取得した財産を、遺留分算定の基礎となる財産から除外する旨の合意
②固定合意:遺留分算定の基礎となる財産の算定に際して、事業承継者が贈与等に取得した財産の価額を、合意時の評価額と固定する旨の合意
また、これらの合意は、経済産業大臣の確認を受け、家庭裁判所の許可を受けることによって効力を生じます。
この確認及び許可の手続は、事業承継者が単独で行うことができますので、他の共同相続人が申立てする必要がある遺留分の放棄の制度よりも、手続きが容易です。
なお、上記の合意は公正証書を作成することが考えられます(①除外合意の文例は次のとおりです)。
合意契約公正証書
仙台太郎と仙台次郎及び太白長子は、被相続人仙台長夫の遺産のうち、事業承継に係る資産について、中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律(以下「法」という。)第4条1項1号に基づき、次のとおり合意する。
第1条 当事者の父である被相続人仙台長夫が、遺言によって、相続開始時において遺言者が有する下記の財産を長男仙台太郎に相続させるについて、これらの財産の価額を遺留分を算定するための財産の価額から除外する旨を合意する。
(1)事務所及び倉庫の土地建物(不動産目録は省略)
(2)〇△◇株式会社の株式全て
第2条 仙台太郎と仙台次郎及び太白長子は、本公正証書作成後1か月以内に、経済産業大臣の確認(法第7条)を得るものとし、さらに当該確認後1か月以内に家庭裁判所の許可(法第8条)を得るものとする。
(以下省略)
上記以外にも、他の共同相続人から遺留分侵害額請求を受けないために、事業承継者から他の共同相続人に対して代償金を支払うことを定める場合もありますし、遺言書に付言を記載することで、他の共同相続人に向けた言葉を遺して理解を得る方法もあります。
事業を承継する家族に事業用の財産を遺すことをお考えの場合は、上記のような法的観点からの検討をしておいた方が良いケースが少なくありません。
事業の承継でお悩みの場合には、事業を承継する家族が他の共同相続人と紛争になること避けるためにも、できるだけ早期に紛争解決の法的専門家である弁護士に相談することをお勧めいたします。

