目次
1 はじめに
2 民事信託とは
3 具体例
4 まとめ
1 はじめに
前回の記事では、「遺言書」をきちんと作っておけば、相続人や関係者の方々に迷惑をかけないようにしておくことができる旨説明しました。
もっとも、「遺言書」では本人の生前の贈与を定めることはできませんし、「遺言書」で相続人が承継した財産のその後の承継方法まで定めておくことは無効であるとする考え方が一般的です。
これらを実現する方法としては、「民事信託」を利用することが考えられます。
2 民事信託とは
相続の話に関連して、「民事信託」のことを耳にされたこともあるかと思います。
「民事信託」とは、自分の財産の管理・処分を、家族などの第三者にお願いすること(「信」じて「託」すこと)です。
「民事信託」を利用する上での登場人物は、(原則として)①委託者、②受託者、③受益者です。
①委託者とは、自分の特定の財産(信託財産)を、一定の目的(信託目的)を定めて、受託者に譲渡する者です。
②受託者とは、信託契約の定めに従って、譲渡された信託財産の管理・処分などの信託目的達成のために必要な行為(信託事務)を行う者です。
③受益者とは、信託財産からの給付を受ける権利(受益権)を有する者です。
「民事信託」を利用する場合、①委託者と②受託者による信託契約が締結されることが一般的です。
【委託者】 ⇒ 【受託者】
⇓
【受益者】
3 具体例
それでは、民事信託はどのように利用されるのでしょうか。
具体的な事例を通じてご説明いたします。
【事例】
A(75歳)は、財産として、①自宅、②賃貸マンション、③預貯金を有している。
Aの妻は亡くなっており、Aには娘B(別居、45歳)と障がい者である息子C(同居、43歳)がいる。
Aは、自分が生きている間は、誰かに自分の財産を任せて、①自宅に住みながら②賃貸マンションの賃料収入を得たいと考えている。
また、Aは、自分が死亡した後は、息子Cの住居や生活費を確保したいと考えている。
さらに、Aは、自分や息子Cが、認知症や病気の程度などから自宅以外(施設等)で生活することになった場合、自宅等の不動産を売却して、施設等の費用を捻出できるようにしたいと考えている。
【民事信託の組成例】
委託者:A
受託者:娘B
第1次受益者:A
第2次受益者:息子C(A死亡時に受益権を取得)
信託の目的:委託者兼受益者Aの安定した生活の支援。A死亡後の息子Cの財産管理の負担をなくすこと及びその安定した生活の支援。
信託財産:①自宅、②賃貸マンション、③①②の管理に必要な範囲の金銭(受託者である娘Bは、信託監督人の同意を得て①②の処分をすることができる)
受益権の内容:①自宅居住、②賃貸マンションの賃料収入を配当として定期的に受け取ることや信託財産売却時の代金を受領することができる
信託監督人:弁護士
帰属権利者(民事信託終了時の財産取得者):娘B
【解説】
上記のように民事信託を組成すれば、Aの希望を満たした①自宅の利用と②賃貸マンションの管理・収益を図ることが可能になります。
また、Aが死亡しても①自宅や②賃貸マンションの名義は、受託者である娘Bのままであり、娘Bにおいて、①自宅と②賃貸マンションの管理を間断なく実施することができ、かつA死亡後の管理方法も自分の意思であらかじめ定めることができます。
そのため、Aの加齢による判断力の低下や死亡にかかわらず、賃貸マンション等の管理を間断なく継続して実施することができ、②賃貸マンションとしての財産価値の低下を防止することができます。
さらに、Aが死亡した後は息子Cが(第2次)受益者となり、民事信託が終了した後は娘Bが残った財産を取得するという、遺言書では実現できない財産承継を実現することができます。
もっとも、上記のように信託終了時に残った財産を、娘Bが取得するという場合には、娘Bが信託終了時に自らが取得する財産を確保するため、受益者(Aや息子C)への給付を抑制してしまう危険性も潜在的にあるといえます。
そこで、そのようなことがないように、第三者により娘Bを適切に監督するため、信託契約の中で、弁護士を信託監督人に選任することが考えられます。
4 まとめ
「遺言書」によって実現が難しい事項であっても、「民事信託」を利用することにより実現可能な場合があります。
もっとも、「民事信託」はあくまでも財産管理の手段であるため、身上監護については任意後見制度等による別の手当が必要になります。
民事信託は、遺言書に比べて検討する事項が複雑であり難しいため、紛争解決の専門家である弁護士に相談しながら組成することをお勧めいたします。