目次
1 はじめに
2 亡くなったのを知ってから3か月が経過しても相続放棄できるか
4 まとめ
1 はじめに
「音信不通だった父が亡くなり、金融機関から、相続人である私に対して父の借金を支払ってほしいと通知書が届いた。父が亡くなってから3か月が経過しているが、相続放棄をすることができるか。」
「亡くなった母には多額の債務があるため相続放棄をしようと思っているが、老朽化している母の家を取り壊しても問題はないか。」
相続放棄に関して、このようなご相談が増えている印象です。令和5年司法統計年報3家事編(最高裁判所事務総局)によれば、「相続の放棄の申述の受理」の新受件数は、令和元年225,416件、令和2年234,732件、令和3年251,994件、令和4年260,497件、令和5年282,785件と増加傾向にあります。
今回は、相談放棄のよくあるご相談に関して、ご説明いたします。
2 亡くなったのを知ってから3か月が経過しても相続放棄できるか
相続放棄をするかどうか検討する期間(熟慮期間)は、「自己のために相続の開始があったことを知った時」から3か月以内に限られるのが原則です(民法915条1項)。
この熟慮期間中に、相続放棄(または限定承認)をしなければ、「単純承認」したものとみなされ(民法921条2号)、相続財産のうち、プラスの財産(積極財産)だけではなく、借金などのマイナスの財産(消極財産)も、全て承継することになってしまいます。
それでは、「自己のために相続の開始があったことを知った時」とはいつになるのでしょうか。被相続人が亡くなったことを知り、かつ、自分が相続人になったことを知った時に限られるのでしょうか。
これに関して判例(最判昭和59年4月27日民集38巻6号698頁)は、相続人が被相続人の死亡から約1年後に同人の保証債務の存在を知ったという事案において、「相続人が、右各事実(相続開始の原因事実の発生と、そのために自身が相続人になったこと)を知った場合であっても、右各事実を知った時から3か月以内に限定承認又は相続放棄をしなかったのが、被相続人に相続財産が全く存在しないと信じたためであり、かつ、被相続人の生活歴、被相続人と相続人との間の交際状況その他諸般の状況からみて当該相続人に対し相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情があって、相続人において右のように信ずるについて相当な理由があると認められるときには相続人が前記の各事実を知った時から熟慮期間を起算すべきであるとすることは相当でないものというべきであり、熟慮期間は相続人が相続財産の全部又は一部の存在を認識した時又はこれを認識しうべき時から起算すべき」と判示して、熟慮期間の起算点の繰り下げを認めました。
「1 はじめに」に記載した一つ目の事例では、たとえ父が亡くなってから3か月が経過していたとしても、父との生前の交流状況、債務(借金)の内容が父の生活歴、生活状況等から想定できるものかどうか、父の相続財産の調査の容易性等の内容次第で、相続放棄が可能になるものと考えます。
3 亡くなった人の財産を使ったりしても相続放棄できるのか
民法は、相続人が相続財産の全部又は一部を処分したときには、相続人は単純承認(プラスの相続財産もマイナスの相続財産も全て承継)したものとみなすと定めています(民法921条1号)。
しかし、一般社会においては、被相続人の財産から支出等をするようなケース(例:葬儀費用の支払)はよく見られることであり、どのような支出等をしても、単純承認をしたものとみなされてしまい、相続放棄ができなくなってしまうのでしょうか。
過去の裁判例によれば、葬儀費用を被相続人の財産から支出したとしても「相続財産の処分」(民法921条1号)には該当しないとしたものがあります。葬儀の時期は予測困難であり、また葬儀には必ず相当額の支出を伴います。被相続人の財産から支出したとしても不相当なものとはいえないでしょう。相続人に資力がない場合に、被相続人の財産から支出できずに葬儀を執り行うことができないとすれば、かえって常識に反する結果となるでしょう。
この他にも、火葬費用、治療費、仏壇・墓石の購入費用を支払うことについて「相続財産の処分」には該当しないとした裁判例もあります(ただし、高額な形見分けや衣類全ての持ち去りを「相続財産の処分」に該当するとした裁判例も存在します)。
それでは被相続人の家の取り壊しはどうでしょうか。
「相続財産の処分」とは、財産の現状、性質を変える行為を指し、(契約などの)法律行為だけではなく、事実行為も含みます。
そのため、家の取り壊しや動産の毀損などの事実行為は「相続財産の処分」に該当してしまい、これらを行ってしまった場合、単純承認の効果が生じることから、相続放棄ができなくなってしまいます。
「1 はじめに」に記載した二つ目の事例では、相続放棄をする予定なのであれば、母の家を取り壊してしまうと「相続財産の処分」をしたことになり、単純承認したものとみなされるため、取り壊すべきではありません。
もっとも、家の周りの崩れそうなブロック塀を補修することは「保存行為」(民法921条1号ただし書)に該当し、「相続財産の処分」には該当しないため、相続放棄をする上で問題にはなりません。
4 まとめ
相続放棄のよくあるご相談に関して、以上のとおり、ご説明いたしました。
相続放棄の手続は、一見、単純そうではありますが、被相続人との生前の交流状況等をどのように説明するかや、「相続財産の処分」に該当する行為をしていないかなど、検討すべきポイントが多いケースも少なくありません。
相続放棄の手続でお悩みの場合には、相続に関する紛争解決の法的専門家である弁護士に、一度ご相談されることをお勧めいたします。